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昔の夢

私が30代を迎えた頃、たぶん20年以上前のこと
だったと思う。

職場の話好きな上司から、将来の夢について
問われた。

返答に窮した私は、少し考えてから「ちょっと
快適な老人ホームに入ること」と言った。

上司は「また変人ぶりが出たな。」というような
表情を見せた。



集団生活が苦手であるという本質を隠して、
仕事中心の毎日を何とか乗り切り、生活の
糧を得ることが最優先だと考えていた。

休日はエネルギーを充電する時間で、
積極的に行動することはあまりなかった。

たまに友人に誘われて出掛けることが、
良い気分転換になった。

内側に向きがちな心には、外側を知る
刺激になった。


日々の生活に追われて余裕がなかった
私は、将来どうしたいか具体的な希望を
考えることを忘れていた。



亡き父方の祖母が晩年入居していた
老人ホームは個室ではなかった。

病気で入院するならともかく、余生を
過ごすなら絶対個室がいいなと思った
だけだ。

その希望を叶えるには少し多めの
老後準備金が必要だから、なるべく
浪費を抑えて貯蓄しようと考えた。



時は流れて、その希望が叶う確率は
限りなく低くなった。

長く勤めた企業を退職し、職が定まらない
期間が5年10ヶ月続いた。

雇用保険の失業給付・退職金・貯蓄は、
生活費へと変化していった。

経済的破綻を免れたのは幸運だった。



さて、確実に近づいてきた老後はどうする?

いろいろな広告を見ても老人ホーム等の
入居費用は、私には高額すぎて手が出ない。

一人暮らしを継続するには、心身の健康の
維持が最重要だと痛感している。

しかし、それがなかなか難しいと不安
募らせる私がいる。

「ケ・セラ・セラ(なるようになる)」で生きて
いくしかないなあ。




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テーマ : アスペルガー症候群・自閉症スペクトラム
ジャンル : 心と身体

似ている背中

先日、職場の敷地内で母猫に育児放棄されたと
思われる子猫が一匹見つかった。


話を聞いた途端に心が子猫に占領されてしまったが、
仕事を放り出す訳にはいかない。


頃合を見計らって、子猫がいる部屋に行ってみた。

タオルらしき布を敷き詰めたダンボール箱があった。

子猫は小さな寝息で小さな背中を動かしながら、
下を向いて眠っていた。


小さな身体が壊れそうで、触れられない。
眠りを妨げてはいけないと思った。

顔や手足は見えず、丸まった背中だけが
生きていることを主張していた。


それだけでも、とても可愛かった。
この感覚、どこか懐かしい。

そうだ、亡き同居犬が自宅に来たときだ。
片手に乗るほどの大きさだった。

ロングコートチワワで成犬になっても
3kg程度だったから、体の大きさは猫と
変わらない。



子猫はどうなってしまうのだろう。
傍らには子猫用のミルク瓶があった。

明日まで引き取りが決まらなかったら、
通勤圏にある保護団体に連れて行こう。

その旨をメモにしたためて、部屋を出た。



幸い、その日のうちに上司が引き取り先を
決めたらしく私の出る幕はなかった。
良かったね。



私は子猫の背中を見て、犬肌・猫肌が
恋しくてたまらなくなった。

亡き同居犬の写真を見つめても、
気持ちは収まらない。



思い切って、保護猫カフェに行ってみた。
犬も可愛いけれど、猫も可愛い。

大きさも毛色も、性格もさまざま。
存分に背中を撫で撫でしてきた。

猫の香箱座り(こうばこずわり)。
亡き同居犬も同じように座っていた。


猫に囲まれた不思議な空間。
ふんわり癒される感じだ。

また行ってみようと思う。




テーマ : アスペルガー症候群・自閉症スペクトラム
ジャンル : 心と身体

物憂げ・物ぐさ・物知らず

私とOCD(強迫性障害)の付き合いは長い。
症状をはっきり自覚したのは20歳のときだ。

以降、一進一退をたどっている。


しかし自覚する以前から、その傾向は
強かったように思う。

無意識に強迫的なマイルールに従って
生活していると、ときどきエネルギーが
枯渇して猛烈にだるくなる。


強迫的になってしまう原因は、たぶん
SAD(社交不安障害)の対人恐怖的な
側面から、人に弱みを見せたくない
という心理が働いているのだと思う。



小学校高学年・中学生・高校生の頃、
しばしば夕食も取らず入浴もせず、
夕方から翌朝まで横になっている
ことがあった。

一応、親には「眠いから寝る。」と
ひとこと声をかけておいた。


何もしないで横になってそのうち眠って
しまうのだから、強迫的なマイルールに
縛られずに済み自由の身となった。

この方法でエネルギーを補てんしていた。


この方法のデメリットは、頻度が高くなれば
やるべきことが溜まり、ストレス過剰になる
ことだった。

やるべきこと=食事・入浴・勉強等

だから保身のために、「しばしば」を「ごくたまに」に
自然に軌道修正できた。


社会人になっても、断続的にこの方法で
しのいできた(うつ病になるまでは)。



更年期は思春期と、似通っているところが
あるのかな。

現在もたびたびエネルギー不足に陥る。


物憂げが過ぎると物ぐさになる。
服薬するので夕食を抜く訳にはいかない。

そんなとき重宝するのが野菜ジュース。
いろいろな種類があるから飽きがこない。

一人暮らしなのに調理は苦手というか、
もともと好きではない。

服薬と最低限のことをして、さっさと
横になる。

テレビやネットのニュース等の情報源も
断つから翌朝まで知らぬが仏。



ただ、この方法に依存してはいけないと思う。
あくまで「臨時の退避」に留めておこう。




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現状維持は自分次第

先延ばしにしていた整形外科受診。

冬の間、右ひざの違和感と左足の外反母趾が
気になっていた。

しかし春になって車通勤を始めると症状は治まり、
喉元過ぎれば何とやらで、日が経ってしまった。

そして本日、腰が重い自分に発破を掛けて
初めての病院に足を運んだ。



結果は「積極的な治療の必要はない。」だった。
異常はもともとあるのだが、治しようがないのだ。

首から下のレントゲン写真をたくさん取った。

現在のところ、骨粗しょう症の可能性はない。
幸い、五十肩の症状もない。


私は13歳から断続的に腰痛に悩まされてきた。

先天性脊椎披裂(せきついひれつ)から来る
腰痛症と言われた。

簡単に言えば、背骨の下部が生まれつき
出来上がっていないために起こる腰痛だそうだ。


もともと大柄だった私だが、中学生になってから
本格的な成長が始まった。

医師によると脊椎披裂に軽い側弯症(そくわんしょう)が
加わり、腰痛・首こり・肩こり・背中こりと全身の症状に
繋がっているそうだ。

過去に椎間板ヘルニアも経験し、腰痛が起きる度に
整形外科で注射・湿布・各種療法を受けてきた。



30代半ばになると意識して激しい腰痛が起きるような
無理をしなくなったので、整形外科とはご無沙汰していた。

慢性的な腰痛を含む全身の凝りに関しては、薬局で
購入した貼り薬・塗り薬と長めの入浴、ときどき整体に
行く程度でセルフケアしてきた。


今冬の右ひざの違和感と外反母趾の悪化、靴底の
偏った擦り減りも全身の骨格の状態が原因らしい。

つまずきやすいのも、そうなのかな。

50歳を過ぎた現在、骨格の状態は悪化(老化)する
ことはあれど、改善することは皆無だ。

外反母趾は手術するか、幅が広めの靴を履くしか
ないらしい。

靴底の擦り減りも放置せず、まめに交換するか
修理するようにして症状の悪化を防ぐようにと
注意された。


これからは筋力を養うことが大切だと言われた。

それを聞いて思い出した記憶がある。

小中学生の頃の体力測定で、まともにできた
のは握力だけだった。

農家の生まれだから、作業用ホースを引っ張る等の
手伝いをさせられたおかげだ。

平均を下回り、最低だったのは背筋力。
運動が苦手で腹筋も弱かった。

参観日の度に母から注意されていた姿勢の悪さ。
物心ついた頃から猫背だった。


いまさら反省しても遅い。
長年付き合ってくれたこの身体、せめて現状維持を
目指そう。

義務的に考えると気が重く負担に感じてしまう。

まずは、すきま時間に体操・ストレッチをすることから
始めようと思う。




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万感胸に迫る

昨日帰宅したら、住民税の通知書が届いていた。

私は開封したそれをじっと見つめ続け、さまざまな
感情が湧き起こり、なかなか眠りにつけなかった。



過去5年間、私は住民税を納めなかった。
正確には、住民税を納められるほどの収入を
得ることができなかった。


生活の安定を切望しながら叶わなかった5年10ヶ月を
経て、ようやく現在の職に就いたのは昨年2月だった。

住民税納税通知書は、私が社会復帰できた証拠だ。
結論は「嬉しい。」に落ち着いた。

税金を納めるのが嬉しいなんて、奇妙に思われる
かもしれない。

奇妙に思われてもかまわない。
嬉しいものは嬉しいのだ。




長期間勤めた企業を退職したのは7年前の春だった。
人事異動をどうしても受け入れられなかった。

それについて後悔したことは一度もない。

しかし職が定まるまでこんなに時間がかかるとは、
当時は思いも寄らなかった。


120社以上応募した。
職業訓練・資格取得にいそしんだ。

人間関係につまずき、職を転々とした。
50歳で発達障害の兆候を自覚した。

外で働くことを諦め、Webワークで生計を立てようと
試みるも挫折した。

日常の用事以外は外出しない生活が2年程続いた。
(社会的ひきこもり)

社会復帰を諦めきれず、詳しい検査を受けて
障害者手帳を取得した。

ブランクを埋めるため職業リハビリに通い、障害者
として就職活動するうち、現在の職場に巡りあった。



悪戦苦闘の日々だった。

悔しさ・悲しさ・焦燥感・不安・絶望のスパイラル。

私を支えてくれた友人・家族・支援者・同居犬には
感謝してもしきれない。


社会から必要とされていないと思い詰めてしまった
私だが、同居犬の世話を放棄する訳にはいかない。
(同居犬は昨年5月に病で亡くなった)

私は周囲に生きさせてもらっていた。
本当にありがとうございました。

これからもよろしくお願いします。




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