順応

 以前経理課に異動した際には、人や仕事になかなか

適応できなくて、心身ともに疲れて辛かった。


それから6年が経過して、今度は総務課に異動することになった。

今度も大変かなと、内心びくびくしていたのだが

案外すんなりと順応することができた。


買掛管理は、売掛管理と立場が逆なだけでほぼ同類の仕事だ。

オフコンに仕入伝票の内容を入力して、チェックする。

届いた請求書を精査して、支払手続きをする。

まずは買掛管理に慣れてから、労務管理や社会保険手続等を

少しずつ教わることになった。

分からないことは担当役員と上司に、素直に質問すれば

間もなく解決した。案ずるより産むが易い。

月々のタイムカードや出勤簿の作成等、その他諸々の雑務は

すべて私が担当することになった。それらの業務は

簡単な説明を受けるだけで、何も考えず機械的に

作業すればよかったので気が楽だった。


新しい仕事を覚えることは、少し利口になれるような気がして

わくわくした。

こんな気持ちになるなんて久し振りだった。














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配属その3

 経理課に6年ほど在籍した後、総務課に異動することとなった。

総務課には、19年近く(45歳まで)在籍していた。

最後の5年くらいは経理課と総務課が統合されて、

「総務部」になったが、仕事内容の大きな変化はなかった。


 私に異動を命じた上司は、この異動が私にとってプラスになる

という意味で、次のように言った。

「(この会社を辞めて)再就職先を探すときが来たら、総務に

在籍していたという実績は、君にとって必ず有利に働くはずだ。」

この予言は、間違いなく当たっていた。

再就職活動を始めて、職務経歴書に詳しい担当業務を記載すると

年齢を気にせず即戦力を期待する企業の場合は、書類選考を通過

できることが多かった。


 異動した当時、総務課の仕事範囲は限られたものだった。

買掛管理、労務管理、社会保険手続等。

人員は担当役員と、上司と、私の3人だけだった。

上司も総務を担当するようになってから日が浅かった。

それまでは担当役員が、後輩の一人に雑務を手伝わせ

ながら、殆ど一人で処理していた。

言うなれば、出来たての部署だった。その後、少しずつ

担当業務が増えていき、それに伴って増員された。


 総務課は「縁の下の力持ち」とか「全社員の下僕」の

ような感覚だった。以外にも私はこの仕事が好きだった。

理由は単純で、総務事務に興味があったからだ。

後に営業事務も経験したが、一番やりがいを感じたのは

総務事務だった。私の会社生活は充実していた。

少なくとも、後にうつ病を発症するまでは。




















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忘れたい

 シンガーソングライター竹内まりやさんの「消息」という

曲の中に、次のような歌詞がある。

    雨音悲しげな 真夜中のベッドで

    まだ心が痛むことに気付いた

    遥か遠い出来事さえ  

    昨日のように 思い出してしまう


この曲を聴いて、自分のことを言い当てられているような気がした。

嬉しかった思い出や楽しかった思い出は、ずっと取っておきたい。

反対に、悲しかった思い出や怒りに震えた思い出は

さっさと忘れてしまいたい。

しかし、これらの負の記憶はずっと居座って消えてくれない。

忘れたい忘れたいと切望しているのに、たまにひょっこり現れては

私の心に波風を立てる。

特に疲れているときとか、体調がすぐれないときに

この現象が起こると最悪だ。

心身ともに落ち込んで、なおさら自己嫌悪に陥る。

そんなときすべてを見透かしたかのように、

同居犬が近づいてくる。犬の背中を撫でていると

落ち着いてくるから不思議だ。ありがとう。
 

 発達障害の傾向がある人は、「長期的な記憶」が

定型発達者より優れていることが多いそうだ。

この特徴は良い面もあるけれど、悪い面もある。

言うなれば「諸刃の剣」といったところか。

これからは、負の記憶が襲来したら追い払って、

正の記憶を思い出すように努力しよう。






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遠い夏

 確か、小学校2年生だったと思う。

同じ歳の見知らぬ男の子と、長い時間話していた記憶がある。

男の子と普通に話をしたのは、その時が初めてだった

何故なら、私の周りにいた男の子は私をいじめるか、

無視するかのどちらかしかいなかったからだ。


 母の実家は海辺の町にあった。

山も迫っていて、海の幸・山の幸が豊富だった。

その男の子とは、夏休みで母の実家に泊まっていて

農道をぶらぶら歩いているときに出会った。

私たちはいろんなことを話した。

家族のこと・学校のこと・友達のこと・遊びのこと。

なんだかとても楽しかった。

もう顔も名前も覚えていない、遠い夏の思い出。



長く勤めた会社を退職して、再就職活動を始めた頃、

友人に「就活もいいけど、婚活もしたら。」と言われた。

「婚活」と言われても、ピンとこない。既に47歳。

ずっと気ままな一人暮らしをしてきたから、今更誰かと

一緒に暮らして、お互い気を遣い合うのはしんどいな

といったところが本音。この年齢になれば生活はもちろん、

健康・老後・介護・相続とかこまごまと面倒なリスクを共有

しなければならなくなる。そこまでして一緒にいたいと思える

人がいるかなと疑問がわいてくる。孤立死(孤独死)は、

寿命が尽きてしまったということで、ある意味仕方がない。

ただ、発見が遅れると周囲に迷惑をかけるから、速やかに

発見してもらえる手立てを考えておかなければならない

とは思っている。

 願わくば、40年以上前のような何の事情も考えないで

済む異性の友人がいたら、人生が面白くなるかもしれない。

私はお酒が飲めないから、ただの茶飲み友達のような関係。

想像にすぎないが、異性の目から見た事象の捉え方を知るのも、

新しい発見があって楽しいのではなかろうか。

勝手に想像してみるが、このご時世そんな余裕のある人は

なかなかいないでしょうね。










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制御不能

 私は他者との衝突を避けるために、穏やかで優しく、

意識して常識的に振る舞おうと努力してきた(つもり)。

しかし、一旦感情が沸点に達すると自分でも制御不能に陥り、

元の状態に落ち着くまでに人の3倍くらいの時間を要してしまう。

自分でも情けないくらいに困っている気性だ。

この激しい気性により、図らずもトラブルを起こしてしまうことがあった。



 それは、事務長氏からの仕事の引き継ぎ方に端を発した。

私が新しく担当することになった仕事は、全く未知の分野だった。

私は事務長氏に、何度も仕事のやり方を教えてくださいと

懇願していたのだが、その度に忙しいなどの理由で断られていた。

その日も懲りずに教えてくださいと食い下がっていたら、

面倒くさそうに「前の事例を見てやればいいんだ。そんなことまで

聞くな。」と言われてしまった。

彼は、俗に「口が悪い人」であった。

私はその言葉を聞いて頭に血が上ってしまった。

前の事例を見て理解できるのなら、

こんなにしつこく聞いたりはしない。

思わず事務長氏を非難する言葉を口にしていた。

「いい加減です。」と書類で机を叩いてしまった。

事務長氏は激昂し、こう言い放った。

「その態度は何だ。お前が男なら殴っているところだぞ。」

私は「殴りたければどうぞ。」と応酬した。

こうなると、どちらも引っ込みがつかない。

私はパニック状態に陥り、取り乱していた。

しかし、「とうとうやってしまった。」と心の中で

冷静に眺めているもう一人の自分が存在していた。


 後日、事務長氏に文章で詫びを入れた。

事務長氏も仕方なく仕事のやり方を教えてくれた。

事務長氏は、私を理解し評価してくれた人であったが、

彼との確執は残念ながらこれが最後ではなかった。



















 

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負のトライアングル

 今思うと、100%自分に非があると認識できるのに、

当時は「不当な扱いを受けた」と被害者的に感じていた

経験がある。

恥の多い人生の中でも、「大恥」に分類できる出来事だ。


    経理課で一番年長になった私は、自分が誰よりも仕事が

    できると思い込んでいた。そして、難しい仕事は私が当然

    担当するべきであるというこだわりがあった。また、仕事を

    進めるという共同作業(集団生活)においては排除すべき、

    枝葉末節に目が行き、全体が見えていないという欠点に

    気づいていなかった。


つまり、「負のトライアングル」に嵌まっていた。

▲ 仕事ができるという思い込み

▲ 難しい仕事は自分が担当するべきというこだわり

▲ 共同作業の意義を無視していた(木を見て森を見ず)



 勤めていた会社では、休日にも若干の売上があった。

当番制で出勤して手分けして営業に回り、急な要件にも

対応していた。

休日分の売上処理は、私が担当していた。普段の日

より仕事量が増える訳だから、当然時間がかかってしまう。

私は仕事の正確さは評価されていたが、速さはいまいちだった。

共同作業で処理を進めるからには、私が遅れてしまった分は

一日の作業時間が後にずれこんでしまう。

つまり時間のロスが出ることになる。

 ある時、事務長氏が休日分の売上については皆に割り振る

ことにしたと宣言した。私は「納得できません。」と抗議した。

その仕事に対しては自分が一番よく理解しているという自負が

あった。というより、自分の仕事を取り上げられることが嫌だった。

事務長氏は、「自分が誰よりも多くの仕事をしているというおかしな

誇りは捨てるべきだ。全体の進行具合を考えろ。」と言った。

私の抗議はあえなく却下された。私は悔しさのあまり

パニック状態になり、一時的に仕事に身が入らなくなった。

事務長氏は、私が目を背けていた潜在意識を言い当てたのだ。

自己肯定感が低い私は、人より多くの仕事をこなすことで

「優越感を持つこと=自信を高めること」に繋げていたのだ。

自己中心的で、周囲に対する気配りに欠けていた。

恥ずかしい恥ずかしい“若気の過ち”である。














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運転歴

 就職して丸4年が経とうとする頃、念願の車を手に入れた。


車といっても「軽自動車」である。一人暮らしの身には

普通車を維持することは、経済的に厳しいように感じられた。

当たり前だが、軽自動車は税金が低額だし、燃費が良いし、

車検の費用も割安である。

従って、維持するコストがあまりかからない。

その上、車体が小さいから不器用な私でも運転しやすいと思った。


 車を購入したいと両親に告げると、

父は、「車を買うくらいなら、毎日タクシーで通勤したほうが安い。」と反対した。

母は、「自分で決めたのだから、好きなようにしたら。」と容認してくれた。

私は、車の経費は全部自分で負担し、両親には迷惑をかけないから

と約束した。

頭金は貯金から捻出し、残額はローンを組んで新車を購入した。

「軽自動車を買うなら、新車の方が良い。」と聞いたためだ。



 初めて自分の車を運転した日から、もう27年が経過した。

仮に、ドライバーを運転に向いている人・向いていない人のどちらか

に分類するとしたら、私は間違いなく後者に含まれると思う。

運転に慣れただけで、運転技術はちっとも向上していない。

未熟な運転や不注意で、事故を起こしたり車体に傷をつけた。

逆に、ぶつけられたことも数回ある。

その度にとても落ち込んでいた。

それらの失敗経験から学習して注意深くなった。

何事も経験か。やっとこの頃、そう思えるようになった。


 現在、所有している車も軽自動車で3台目になる。

車体の大きさの感覚がいまいち認識できない私は、

コンパクトタイプを運転することが精一杯で、大きな

車は無理だと諦めている。

 実家のある町はますます過疎化が進み、車がないと

相当不便である。また同居犬を病院に連れて行ったり

しなければならないし、車はやはり手放せない。

 長年勤めた会社を退職して、再就職活動を始めたときに

事務職でも応募条件に、「普通自動車免許所有」とある

企業が多くなっていた。これも時代の流れだろうか。

結果として、運転していて良かったと思うことにしよう。













 

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対人関係

会社という縦社会に身を置くようになると、

ますますコミュニケーションの困難さが露呈してきた。


● 「ほう・れん・そう 」 がうまくいかない

   いわゆる報告・連絡・相談のことだ。

   仕事に集中しすぎて、報告・連絡のタイミングを逃す。
   または、報告・連絡の必要性自体を思いつかない。
   (相手に催促される)

   タイミングが悪いときに話しかけてしまう。
   (相手の状況が見えていない)

   話をうまく組み立てられない。
   (意味が解らないと言われてしまう)

● 場の雰囲気が読めなくて、的外れな発言をしてしまう

● 皮肉で言われたほめ言葉を鵜呑みにする
  (会話に隠された言外の意味に気づかない)

● 冗談を真に受けて、適切な対応ができない
  
● 本音と建て前(大人の事情)がわからない
   (見え透いた言い訳を信じてしまう)

● ごくたまに一方的に話し続けてしまう
   (他者の視点に立てない)

● 雑談ができない
   (話すきっかけがつかめない)
   (耳からの情報処理が遅くて、言葉がすぐに出てこない)

● 相手の気持ちがわからない(表情が読めない)


これらの問題に対して失敗を重ねながら、少しずつ手探りで

解決する手立てを模索してきたつもりだけれど、部署を異動すると

新しい状況に慣れることに手いっぱいで、つい対人関係はおろそかに

なってしまう。

悩ましいこと、この上ない。







  

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生活管理能力

 車を手に入れたいという目標ができた私は、

それを叶えるべく、ちまちまと貯蓄に励んだ。


自分で言うのもなんだが、金銭管理能力はそこそこにあると思う。

学生時代にアルバイトで稼いだお金は、計画的に使った。

月々の生活費の残りは、給与振込口座とは別の口座に預金した。

20代から家計簿をつけ始めて、その習慣はずっと続いている。

それは几帳面というよりは、いつも将来の不安に怯えているという

「取り越し苦労」の副産物に過ぎない。このネガティブ思考のお蔭で

家賃や公共料金の滞納、クレジットの引き落としができないという

トラブルを防ぐことができた。物は考えようだ。


 それと、私はいわゆる「片づけられない女」ではない。

むしろ 「片づけられる女」 ⇒ 「片づけたい女」 ⇒

     「片づけないと落ち着かない女」 ⇒

     「片づけずにはいられない女」 なのである。

これは、強迫性障害の副産物である。

どんなに疲れていても、散らかっていると不安で仕方がないから

片づけるしかない。結果、強迫的に片づけることになる。

判で押したように元の場所に戻すのである。不必要に

なったものは処分しないと気が済まない。だから、ごみの

出し忘れもない。紛失する物がないから探し物もしない。

これも物は考えようだ。


 高校を卒業して専門学校に進学することになった妹と

短期間だけ一緒に住んでいたことがある。妹に

「姉ちゃんは、潔癖症だ!」 と言われたことがある。

また箪笥の中身を見て、「これだけ綺麗に並べていたら、

いついなくなっても(失踪しても)、あの娘はしっかり者

だったと言ってもらえるよ。」と変なほめられ方をされた

記憶がある。


発達障害の傾向があると言われても、いちおう

トラブルなく生活できているのだから、私はやはり

「グレーゾーン」ということになるのでしょう。












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変人です

 時代はバブル景気へ突き進んでいた。

特別な販売戦略を行使しなくても、会社の業績は好調だった。

日本中が浮かれ酔い痴れていた頃が、懐かしくもある。


私はそんな世相に影響されることもなく、質素な生活を営んでいた。

元々ブランド物には興味がなかったし、騒々しい場所も苦手だった。

そして、いわゆるグルメにも関心がなかった。というか食物に対する

執着心が薄いのだ。嫌いな物もなければ、これといった好物もない。

強いて挙げれば、りんごと緑茶が好きだというぐらい。それも銘柄に

こだわっている訳でもない。料理は美味しければそれに越したことは

ないが、余程まずくない限りはお腹が満たされればいいぐらいにしか

考えていなかった。人気店の行列に並んでまで食べたいという欲求が

なかった。だから自炊の腕前はちっとも向上しなかった。


 朝夕の通勤経路の途中に、中古車販売店があった。

その前を通る度に陳列されている車を眺めては、いつか手に入れたい

と思うようになった。


自分の運転技術の未熟さは承知の上だが、何年もペーパードライバー

を続けていると、なおさら運転できなくなるのではないかという不安

があった。

目的はただ一つ。「ど田舎」の実家に車で帰りたいから。それだけだった。

車を手に入れるために貯金しようと思った。


 入社したての頃、「車が欲しいと思ってます。」と会社の営業

の人につぶやいたら、「その前に彼氏を作った方がいいよ。」

と言われてしまった。

一般男性の思考とは、「そんなものなのかな。」と思った。


 また、営業部を統括する立場にあった上司に、

「君は後輩のように素直な自分を表現したほうがいいよ。」

と言われたこともある。

その後輩は誰から見ても明朗闊達な女性だった。

私は素直に表現して良い個性と表現しないほうが良い個性があると、

心の中で反芻した。


私が素直な自分(本質)を表現したらどうなるか。たちまち会社生活

に不適応を起こすに違いないなどと考えているなんて、その上司の

想像の範囲には入っていないのだろうなと、ぼんやりと思った。


 そしてやっぱりずれていると自覚するのだった。




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下戸(げこ)の功罪

 私は下戸(お酒が飲めない人)である。


   私の父は、仕事後の晩酌を何よりの楽しみに

   生きているといっても過言ではない人間だ。

   酒のつまみも自分で買ってきて皿に盛合せ、

   夕方の好きな時間に晩酌を始める。テレビの

   ニュースを聴きながら、またはプロ野球や相撲

   を観ながらご満悦である。飲む量は多すぎず

   少なすぎずの程々。楽しい酒である。


   一方、私の母は酒を殆ど飲めない体質だ。

   飲んでも暑い夏にビールをコップ1杯程度が、

   関の山といったところ。


むろん私は、母の体質をそっくり受け継いだ

ようである。弟も妹もそこそこに飲める方だ。

昔はそれがうらやましかった。




 私は職場の宴会が大嫌いだった。例外的に

余程お世話になった人か親しかった人の送別会

に出席するのは苦ではなかった。それ以外は

“困苦”としか言いようがない。出席を強制される

から、仕方なく「食事に行く」と思うことにした。

理由はお酒も飲めないし、雑談も苦手だったからだ。

聴覚の特性により、騒々しい環境下での近くの会話が

聞き取りにくかったこともある。気の利いた話題も思い

浮かばず、話しかけられれば答えるが長く会話が続かない。

席を離れてお酌をしに回るという器用なこともできない。
強迫性障害の症状で、席を離れている間、自分の手荷物が
心配で気もそぞろになってしまう)

だから、ひたすら時間が過ぎるのを待つしかなかった。

労働時間以外で、会社の人と顔を突き合わせているのは

「人疲れ」する私には苦痛でしかなかった。せめてお酒が

飲めたら、少しは楽しめるのにと思ったことも数知れず。



時は過ぎて、お酒に対する考え方が変化した。

少しのお酒でも反応してしまうので、普段手足が冷たい私は

手の指、足の指までほんのり赤くなる。 血行が良くなるようだ。

酔う前に大抵具合が悪くなるから、記憶を失くした経験はない。

危ない目に合わないで済む。

お酒を飲むと、心臓の鼓動が気になって逆に寝つきが悪い。

以前新聞で読んだ情報だが、同じ飲酒量でも男性より女性

の方が、体質的にアルコール依存症になりやすいそうだ。

もしお酒が飲める体質だったら、性格上ストレス解消に飲んだくれて

いたかもしれない。

精神科の薬を飲んでいるから、お酒は体に副作用が現れやすい。

ということで、「お酒飲めないで良かったー。」と、

しみじみ思う私がいる。










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囮(おとり)

 本来の目的を隠して誘い出されて、危うく勧誘に

負けそうになった経験がある。

   “ 危機一髪 ”


● 化粧品の販売

 ある休日、化粧品の訪問販売をしているという女性が

現れた。私はこれから予定があると言って断ったが、

少しの時間でよいので話だけでも聞いて欲しいと言われ、

ほんの少しだけならと承諾した。彼女はパンフレットを

取り出して手早く説明し、持参の化粧キットで私にメイクを

施してくれた。いちおう女子の端くれなので、プロにメイク

してもらうのは、それなりに気分のいいものだった。彼女は

そのままパンフレットだけ残して、何も販売せずに帰って行った。

後日彼女から連絡があり、他の種類の化粧品もお見せしたい

からと誘われた。ただでメイクしてもらった手前、一回くらい

観るだけならいいかと、待ち合わせの場所に出かけた。

彼女が案内してくれた場所に着くと、そこには化粧品の他に

雑多な物があった。私は彼女の先輩らしき女性の話を

聞く形になった。そこで初めて彼女たちの目的が「宗教」の

勧誘であることを知った。先輩らしき女性は、その宗教の

素晴らしさを熱心に語り、厄除けの壺や数珠等を購入する

よう強く勧めてきた。これは危険だと思った。私に美術品の

鑑定眼などあるはずもないが、どう見たってそこら辺にある

壺や数珠にしか見えなかった私は「一人暮らしで貯金もなく、

かといって借金やローンを組むことは両親から固く禁じられて

いるので勘当されるかもしれない。」と少し大げさな言い訳を

繰り返して何とか逃げおおせた。本当に怖かった。

● 友人からの誘い

 ある日、実家もほど近い幼馴染の友人から、絵の展覧会に

行かないかと誘われた。友人だから特別何も考えずに同行

した。展示されている絵は普通の風景画だった。彼女は

自分もこの中にあった絵を1枚購入したのだと語った。そして

とても良い絵だから私にも購入するように勧めてきた。しかし、

若い女がぱっと買えるような値段ではなかったし、それらの絵

に格別惹かれた訳でもない。私が断ると、彼女は同じ建物の

別の場所に私を案内した。そこは机が一列に並んでいて

ヘッドフォンが置いてあり、ビデオを視聴する部屋らしかった。

ここで彼女は自分と一緒に研修を受けないかと、私を誘った。

私はビデオの内容とその研修の目的を知りたくて、彼女に

質問した。彼女は「この先の人生にきっと役立つものだ。」と

いうような抽象的な表現しかしなかった。私は不審に思い、

正直に「何か洗脳されるみたいで嫌だ。」と答えた。彼女は

いささか気分を害したようだったが、仕方がない。私は納得

できないものに自分の時間やお金を費やすのが嫌だった

だけだ。彼女との交流はそれを最後に途絶えた。噂によると

ある宗教に入信したらしいとのことだった。それが本当なら

私が連れて行かれた場所はその宗教の関連施設だったのか。

私は暗澹たる気持ちになった。信頼していた友人だけに、

やるせない思いだった。


   世の中にはいろいろな人がいて価値観はそれぞれ違うけれど、

   他者に不利益を被らせることだけは避けたいと思う。







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