入院準備

入院することが決まってから、書類選考の結果待ちを

していた応募先より、面接したい旨の連絡が入った。

事情を話して丁重にお断りした。

残念だったが仕方がない。




私は運動神経と体力には全く自信がなかったが、

特に虚弱体質というわけでもなく、49歳になるまで

一度も入院の経験がなかった。

それはそれで、幸福なことだったのだと気付いた。

流行病と貧血と腰痛、そして精神面では、度々病院の

お世話になっていたが、入院する程度ではなかった。


ついでに言えば、生まれた時でさえ入院していなかった。

私は実家で、お産婆(助産師)さんに取り上げられた

赤ん坊だった。

私には発達障害の傾向が見受けられると、初めて

母に告げたとき、かなり驚いていたようだ。

予定日より早く生まれて、少し小さめ(2800g)だが

至って正常な分娩だったと言っていた。




入院するに当たって、準備しなければならない

ことはたくさんあった。


術前説明の際は、家族同伴でなくてはならない。

手術の同意書に判をもらわなければならない。

70歳を過ぎた母に、何度も足を運んでもらうのは

忍びないけれど頼むしかない。


高額療養費制度の申請をした。

前年の所得も少なかったし、長年勤務した企業の

退職理由も、精神的に致し方なかったとの医師の

証明があったので、医療費支払額の上限は最低

レベルになることが認められた。


生命保険会社に連絡して、入院保険金の請求書類

を用意してもらった。


気がかりは同居犬の預け先だが、事情があって

実家と妹宅には頼めない。

以前、旅行の際に利用した業者さんに頼むこと

にした。

飼育管理士の資格を持っている業者さんだから

もし具合が悪くなったとしても、動物病院に

連れて行ってくれるだろう。


その他もろもろ用意するものや、連絡すること、

済ませておくことがあった。

おひとりさまが入院するということは、結構

面倒な作業をこなさなければならないのだと

実感した。












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覚悟を決める

再検査から、病院での精密検査まで一週間の空白があった。

その間に、2件の面接が入っていた。

再検査前に書類選考通過の連絡があって、事前に予定を

組んでいた。

しかし体調のことが気になって、集中力を欠いてしまい

結果は不採用だった。

仮に採用となっても、精密検査で手術が必要とわかれば

辞退せざるを得ない。




数日後、不安を隠せないまま病院での精密検査に臨んだ。

結果は前回と同様で、左の卵巣に嚢腫(のうしゅ)があり

肥大して捻転の恐れがあるため、早期に切除手術をする

必要があるとのことだった。

放置して捻転を起こした場合、救急車を呼ぶほどの激痛

襲われるという。


私は出産経験がないので、そのような激痛は想像できない。

仕方がない。覚悟を決めて手術を受けよう。


腹腔鏡手術により、卵管を含む左卵巣を全摘出する

ことになった。

経過観察を含めて、10日間程度の入院となるらしい。

決めたからにはなるべく早く終わらせたい。


病院の都合もあり、入院は4月中旬となった。

退院後の自宅静養も含めて、5月中旬までは

大人しくしていなければならない。

およそ2ヶ月間は、はたして長く感じるか短く

感じるか。



真っ先に頭に浮かんだのは、同居犬と会えなく

なる寂しさだった。

















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まさかの勧告

2度目の転職先を退職後、次の週から就活を再開した。

今回は意外と立ち直りが早かった。

最初の転職に失敗したときは、ひどく落ち込んで

毎日うつうつと過ごしていたことを思い返すと、

少しだけ強くなったような気がした。


1ヶ月間に20件以上の求人に応募した。

ちょうど決算前の時期で、求人数は割と多かった。

数件は書類選考を通過し、面接を受けたが

残念ながら採用には結びつかなかった。


就活の合間を縫って、医療機関から通知が届いた

検査を受けることにした。

それは前年秋の健康診断の際に、医師から半年後に

再検査を受けるように指示されていたことだった。


「左の卵巣に嚢腫(水疱みずぶくれ)がある。

ホルモンの関係で時期により消失することもあるが、

肥大し捻転(ねじれ)すると激痛を伴うから、その場合は

切除手術が必要になる。」と言われていた。


私は更年期特有のホルモンの乱れだと思い、そのうち

消えてなくなるだろうと気にも留めていなかった。

腹部膨満などの自覚症状もなかった。

再検査後、嚢腫は肥大しており捻転を防ぐために

早めに切除手術を受けるように勧められた。


思わずため息をついてしまった。

意思に関係なく、体は不要なものを育てていた。

とりあえずは、病院で精密検査を受けなければ

ならない。

私はその足で紹介された病院に向かい、診察の

予約をした。

入院経験のない私にとっては、「青天の霹靂」だった。











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転職その2

年が明けて1月中に、14件の求人に応募した。

うち書類選考を通過したのは2件だけだった。

そのうち1件は面接で不採用になった。

残る1件は2月に、一次面接、二次面接を

経て採用が内定した。

とてもうれしくて、早速周囲に報告した。




2度目の転職先は、社員10人に満たない

電気設備の会社だった。

女性社員は一人しかいなかった。

彼女は私に優しく親切に接してくれた。

人間関係にトラブルはなかった。

というより、トラブルになる暇がなかった

という方が事実に近い。

何故なら私はたった4日間で解雇されて

しまったからだ。


私は、一般的な事務員に課せられる以上の

過剰な期待を受けて採用されたらしい。

確かにマイクロソフトのパソコンの資格は

持っていたし、実際に操作もできる。

履歴書に嘘の記載はしていない。


しかし、システムエンジニアのような

専門的な業務処理を指示された。

それも、こまごまとした仕事をしながら

こなすようにとのことだった。

一応努力したが、何がどうなってる

のかもよくわからないまま、4日目の

午後に解雇を言い渡された。


やっと就職できたと思った矢先に、

解雇を言い渡され、理不尽だと

思った。

しかし、このまま留まったとしても

要求されるレベルの仕事をこなせるか

確信が持てなかったので、受け入れる

ことにした。

勝手に期待しておいて、勝手に失望された。

釈然としないけれど、上司がこのような人だ

と後々まで引きずってしまうだろう。


社員の女性は、もう少し頑張ってみたらと

言ってくれたが、上司の意向だから仕方

がない。


私は、アルバイトをしたと思うことにした。

実のところ、慣れない通勤と仕事に不安

抱いていた。


これまでの職場は郊外にあり、車で通勤

できたが、今回の職場は市の中心部にあり

公共交通機関の出勤ラッシュにもまれた。


それでもそのうち「垢抜ける自分」をイメージ

して頑張ろうと思っていたが、それもはかない

夢と消え去った。


4日間の賃金は後日文書で請求し、銀行振込

で支払われた。

年金や保険の手続きはしていなかったので、

職歴には入れないことにした。

また就活すればいいことだ、もっと良い職場が

きっとあると自分に言い聞かせた。




































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幼い声

私は若い時分から、年齢より年下に思われることが多かった。

それは若々しいというよりは、年齢より全般的に幼いオーラを

無意識に発していたに過ぎない。

自己肯定感が低い私は、従属的で頼りなげな印象を与える

らしい。


新卒で就職した当時、私は周囲から「一人っ子または末っ子」に

違いないと思われていた。

三人きょうだいの長女だと言ったら、一様に驚かれた。

同期入社の高卒の女性が短大卒だと観られていて、

私が短大卒ではなく高卒だと誤解されていた。

なんだかショックだった。


歳を重ねてもその傾向は変わらなかった。

特に顕著なのは、「声が幼い」ことだ。


休日に家にいると、勧誘電話がかかってくる。

先日は冠婚葬祭の互助会の入会案内で、

なんと20代後半もしくは30歳そこそこの若奥様

だと認識されてしまった。

希望しないので面倒だから話を合わせていたら、

「お若いのにしっかりしていらっしゃいますね。」と

言われてしまった。

正体は50過ぎのおばさんなのに・・・。


数年前には、マンション購入の案内で20代の

独身OLだと思われていたこともあった。

これも面倒だから誤解を解かないまま断った。


会社員時代、上司から声が「クレヨンしんちゃん」に

似ていると言われたことがあった。

いくらアニメでも幼稚園児に似ているなんて・・・


総務事務を担当していた頃(40代前半)、のどの

調子が悪いときに、支社の女性事務員から電話を

受けた。

「いつものかわいい声じゃないのね。大丈夫?」と

言われた。

この歳でかわいい声だなんて・・・。


求職者支援訓練のクラスメイトで、一回り年下の

女性からは自分と同年代に観えたし、声は大竹しのぶ

(女優)さんに似ていて癒されると言われたことがある。

(これは多分にお世辞が入っていたと思う)


私も妹も20代の頃、母に電話の声がよく似ていると

言われたことがあった。

今は明確に区別がつくらしい。

妹は日々、わんぱく息子二人の育児に追われている。

声にも貫禄がついてきたように感じる。

人生経験が少ないと「声」も成長しないのか?


結局何が言いたいかというと、就活で

書類選考を通過する機会が増したにも

関わらず、面接で不採用になる遠因は、

「年齢にそぐわない幼い声」にあるかも

しれないと、カウンセラーさんに指摘を

受けたことだ。


つまり声や話し方で、しっかりしていない

印象を与えるらしい。

自分では、内にこもって響きにくい声だと

ずっと思っていた。

声が若く聞こえることは単純に嬉しいと

思うことにしてきたけれど、逆にマイナスに

働く場合もあるのだと気付かされた。

もう少し、語気を強くしようと思った。


















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難航

NPO法人を退職してから職に就けないままに

半年が経過し、新しい年が明けた。

私は早生まれなので、まもなく49歳を迎える。

文字通り40代最後の歳だ。

50歳までには安定した生活を手にしたい

切望していたから、これまでと同様せっせと

就活に励んだ。


複数の友人に勧められて、人材派遣にも

登録した。

派遣社員になって企業を渡り歩くことは、

職場に早く慣れるコミュニケーション力を

要求される。

新しい環境に適応するのに人より時間が

かかると自覚していながら、派遣会社に

登録することは矛盾している。

ちょっと考えればすぐわかることなのに、私は

就職するためには何でも有りだと、ただただ

盲目的になっていた。


私の願いとは裏腹に、49歳の1年間は辛苦

年となった。

私は強迫性障害の症状で数字にはこだわって

しまうが、語呂合せなどで縁起をかつぐ程度

まではひどくない。

しかし、振り返ると始終苦労した1年だった。

就活の他にも、想像していなかったアクシデント

に見舞われた。

人生、努力してもどうにもできない時期もある。

年末を迎える頃、私は方向転換を考えるように

なっていた。














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就活が仕事

「業務の棚卸し」表の作成が終わり、カウンセラーさんの指導

のもと職務経歴書と履歴書の再作成に取り掛かった。

カウンセラーさんからは、何度もレイアウトや言葉遣い等の

不備や逆に過剰な点を指摘され、その都度修正を施した。

この応募書類の作成作業に、まるまる1ヶ月を費やした。

職務経歴書は、A4用紙3枚に収まった。

結果として、履歴書も職務経歴書も納得のいくものに

仕上がった。


私は、10月から求人への応募を再開した。

ハローワークや求人誌だけでなく、幾つかの

転職サイトにも登録し、毎日それらの情報を

収集し続けた。


11月には、「面接対応セミナー」と「模擬面接」

を受講して、想定される質問についての答を

表にまとめて繰り返し練習した。


年末までの3ヶ月間に、転職サイトの情報を

含め約30件の求人に応募した。

写真のプリント代金がかさむので原板をCDに

入れてもらい、写真用紙を買ってきて自宅の

プリンタを使って印刷した。


そのうち数件は書類選考を通過し、面接や

二次選考に進むことができたが、なかなか

採用に繋げることはできなかった。


まるで就職活動を仕事にしているような

毎日を過ごしていた。

年の瀬を迎えて、来年こそは絶対に

就職するのだと決意を新たにした。





















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自伝を書くこと

就職カウンセラーさんから、作成を命じられた

「業務の棚卸し」表の最後に、私は次のように

書いている。

  私には、「自伝」を書きたいという人の気持ちが

  理解できない。

  努力も失敗も実績も、自分の人生を形作ってきた

  パズルの一片一片だと思うし、今までの人生を

  否定する気持ちは毛頭ないのだけれど、喜怒哀楽を

  振り返るだけで、心が苦しくなってくるのは何故だろうか。



当時の心境を、そのまま言葉に置き換えている。

その2年半後に、こうしてブログに自伝を書き綴る

ようになるとは、想像もつかなかった。


この期間に私の人生に対する考え方は、大きく

変化した。

楽しいことは少なく、辛苦と呼べることが多かった。

ともすればネガティブに陥りがちな私を支えてくれたのは、

友人や家族、同居犬、カウンセラーさんの存在だった。

いくら感謝しても、しきれないと思っている。


自伝を書くということは、結局のところ

自分のためだと思う。

この数ヶ月の間、ずっと頭の中にあった

もやもやしたものが、少しずつ整理され

すっきりしていく感覚がある。


頭の中を体にたとえると未消化(未昇華)な

ものが、文章に綴ることで消化(昇華)され、

吸収される(成長する)ような、一つ上の

段階へ到達できたと捉えるようになった。


ただの自己満足に過ぎないと言われると、

その通りだと思う。

自己満足に過ぎなくても構わない。

少しでも気楽に過ごせるのなら、

それに越したことはないと考えている。
















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記憶の洪水

カウンセラーさんから、社会人として担当してきた

「業務の棚卸し」を命じられた。

私は記入する項目の多さと、一つの部署につき

A3用紙1枚を使用するという、記述欄の大きさに

戸惑っていた。

はたして「こんなにいっぱい書くことがあるのかな。」

と思い悩んだ。


いざ作業に取り掛かると、そんな戸惑いや悩みは

吹き飛んでしまった。

私の頭の中で、過去の記憶が次々と浮かび上がり

あふれるほどの状態になってしまった。

気が付くと、用紙には鉛筆書きの小さな文字が

びっしりと詰まっていた。


営業事務(就職当時)、経理事務、総務事務、

営業事務(退職当時)、転職先(NPO法人)の

合計5枚を数日間に分けて記入していった。


しばしば記憶が鮮やかに蘇りすぎて、当時の

心情を思い起こした。

すると、さまざまな考えが浮かんでは消えて

眠れなくなることもあった。

(その分、昼寝していたので大丈夫)


自分の人生は、これまで「恥の連続だった」

卑下していたけれど、「小心者は小心者なりに

ちょこちょこと努力を続けてきたのだな。」と、

少しだけ自信を取り戻すことができた。

それだけでも、一歩前進した気分になった。

















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業務の棚卸し

8月の下旬に差し掛かり、私はリハビリのつもりで

数件の求人に応募してみた。

そのうち1件だけ書類選考を通過し、面接を受ける

ことができた。

しかし私の作り笑顔と質疑応答はぎこちなく、結果は

不採用となった。

初対面の人と向き合う際の、過度の緊張状態は

歳を重ねてもなかなか軽くならない。

思わずため息が出てしまう。




カウンセラーさんに全滅の報告をすると、彼女は

この結果をおおよそ予測していたかのようだった。

次の段階として、応募書類の再作成を始めましょう

と提案された。


以前に市の再就職支援機関で指導を受けていた際、

職務経歴書はA4用紙1枚にまとめるように言われていた。

カウンセラーさんは、この形式だと「仕事の種類の年表」

にすぎないと断じた。

本当の職務経歴書とは、職務を通じて努力したこと・

学んだこと・身につけたこと・実績などがわかる書類で

なくてはならないとのことだった。


長期間にわたって仕事をしてきたのだから、

A4用紙1枚に収まるはずがないし、収める

必要もないと言われた。

私は、目が覚める思いだった。

確かに担当した仕事を時系列で表示していた

だけだった。


カウンセラーさんからA3用紙数枚を渡され、

「業務の棚卸し」をするように指導された。

その用紙には、担当した仕事や実績の他に

工夫したことや失敗から学んだことなどの

多数の項目を記入する欄があった。


一つの担当業務につき、A3用紙1枚を

使用する決まりになっていた。

私は、こんなにいっぱい書くことがあるとは

思えなかった。

帰宅後、当惑しながらも作業に取り掛かった。








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包容力

私の担当カウンセラーさんは、60代の女性で

ベテランといった雰囲気を醸し出していた。


子持ちの専業主婦から社会復帰を果たし、

営業職で実績を上げて、管理職として

多くの部下をまとめていたとのこと。


「凄い人だな」と思った。

私など10人いてもかなわないほどの

実績の持ち主だ。


それでいて尊大なところなど少しも

感じさせない、気さくで包容力にあふれた

魅力的な女性だった。


彼女は、自己否定の塊と化していた私

話をじっくりと聞いてくれた。

それこそ生い立ちから失職に至るまでの

こまごまとしたことを、はしょることなく

真摯に受け止めてくれた。


そして、人は誰でも得手・不得手な面を

持っている。完璧な人などいない。

それほど自分を責める必要はないと、

繰り返し元気付けてくれた。


週一回は必ず通うようになり、私は次第に

安心感と希望を抱くようになった。


途中で臨床心理士の女性に対して、2回目の

「心の相談」をする機会があった。

初回とは打って変わって、見違えるほど元気に

なった私を見て、彼女はとても驚き喜んでくれた。


臨床心理士として私を観察してみて、

確かに発達障害の傾向は見受けられた

そうだ。

しかし、クリニックの医師が言っていたように

発達障碍者独特の雰囲気は感じられない

とのことだった。


私は、あくまでも一般の求職者として就活する

意向を新たにした。






















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充電が必要

就活の再開に当たり、中高年に特化した就職支援機関の

指導を受けることに決めた。


初めて相談した際、私の話は要領を得ず、相手の目を見て

話すことも出来なかった。

これまでの人生で幾度となく失敗し注意を受け、自覚していた

にもかかわらず、初対面の人にはこの癖が出てしまう。


私は物事を順序立てて考えるタイプなのに、それを言葉で

説明することがうまくできない。

会社員時代もいわゆる「報告・連絡・相談」が苦手で、

「話の意味がわからない。」と言われたことも度々あった。

   言いたいことが頭の中を駆け巡って、伝えたいという

   意思は十分あるのに、それを的確な言葉に変換できず

   筋道がはっきりしない話を羅列する。

   相手の困った表情を見るのが怖くて、視線を外す。

いい歳をして、人見知りと緊張の不安パターンから

抜け出せない。

初対面の人からいきなり攻撃される可能性は、

そんなに高くないと理屈ではわかっている。

自分でも情けないやら悲しいやら、習性としか

言いようがない。


カウンセラーさんは私の話しぶりから、長年勤めた

会社を退職した理由は「左遷」だったと思ったそうだ。

よくよく話を聞いてみると、実は違っていたから驚いた

と言っていた。

私の状況説明の下手さ加減がよくわかる。


それにもまして、私の活力の無さと持参した

履歴・病歴・性格等を記した書類を見て、

「こんなに大変な人をサポートできるのか。」

という危惧を覚えたという。

「今は、すぐに求人に応募できる状態では

ないので、8月下旬以降を目安にやって

行きましょう。」と言われた。


彼女は、自己否定で凝り固まった私の心を、

ゆっくりとほどくことに時間をかけてくれた。
























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