意識の往来

先日の記事で、脳のデフォルトモードネットワークに

ついて触れました。

     「めぐり」に恵まれるために



デフォルトモードネットワークの連結の弱さについて、

自身に当てはまると思われる記憶を想起しました。




明治生まれの祖母は、幼い私に「お前は尻が重い。

それではいけない。」と繰り返し言い聞かせました。


動作が鈍くて機敏に振る舞えない私を気遣い、

「尻が重い子は人から好かれない。」と言って

「気配りができる子にならないといけない。」と

諭したのでした。


この言葉はずっと記憶にこびりついていますが、

成人して久しい現在でも、祖母の期待に添える

人間には残念ながら成れませんでした。




現在の両親はとても穏やかに接してくれますが、

子どもの頃はかなり厳しかった記憶があります。


父は「お前は気が利かない。」

母は「いつも、ぼーっとしている。」

友人にも「少し、ぼーっとしているところがある。」


もう、言われ放題ですね。

私のことを思って言ってくれたのだと、あえて

良い方に解釈しようと努力しています。




これらのことをデフォルトモードネットワークの

視点で考えてみると、私は外部からの刺激に

対応するための連携が、スムーズに機能して

いなかったのだと推測されます。



外部から刺激を受けた際に、自分の状態を

把握して、どのように対処したら最適なのかを

判断するのに時間がかかってしまうのです。


脳(内部)では思考がフル回転しているのに、

顔(外部)は無表情で身じろぎもしないので、

周囲からは感情がない人間に見えてしまう

のでしょう。




それに加えて私には思ったままを言葉にすれば、

いわゆる「失言」を引き起こしてしまうことが、度々

あったので余計に慎重になったのだと思います。



自分では感情がないどころか、ややもすれば

感情的すぎる人間だと思っているのですが、

反応が遅いばかりに周囲に誤解を与えてしまう

ことが多かったようです。



悔しいというかやるせないというか、やはり

悲しいです。










スポンサーサイト

テーマ : アスペルガー症候群・自閉症スペクトラム
ジャンル : 心と身体

記事から探す
気になる語句を入力して「検索」をクリックしてください
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログについて
参加してます
お知らせ