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心のすきま

本日で6月が終わる。
夏至も過ぎて、少しずつ日が短くなっていく。
今年の半分が終わってしまった。

変化の多い半年間だった。
2年以上のブランクを経て就職が決まった1月。
障害者枠で働き始めた2月。
雇用契約が更新できた3月。
長距離通勤に慣れてきた4月。
同居犬の最期を看取った5月。
まだ心が揺れ動いている6月。

変化した日常を心の中で消化するには、残りの
半年間では足りない気がする。
何事にも適応が遅い私は、亀のように進むしかない。

以前はそんな自分が嫌で仕方がなかったけれど、
もう他人と比べたところでどうなる訳でもないと
悟ることができて、気が楽になった。


毎朝、自宅近くの道路で正社員として勤続していた
企業のトラックを見かける。

職を転々としていた頃は、いたたまれない気持ちに
苛まれたけれど、理想に近い職を得た現在では
他車と同じような感覚でしかない。

退職後6年以上が経過して、やっと過去の引き出しに
納めることができて、ほっとしている。


一方で同居犬を亡くした心のすきまは、ふさがりそうにない。
遺骨は自室にあるし、形見の首輪はバッグに入れて
持ち歩いている。

遺骨は納骨や埋葬をせず、このまま保管するつもりだ。
これからも一緒に暮らしていきたい。
理由はただそれだけ。

しかし人生の終焉を予感する時期が来たら、どうするか
決断しなければならない。
それまではあえて考えない。

同居犬の代わりの存在として、新しく犬や猫を迎える
気持ちはない。
小さくても命を預かることは、責任と覚悟を伴う。

11年近く前の私は正規雇用で収入も割と安定していた
けれど、現況は著しく変わってしまった。
5年10ヶ月に及ぶ放浪の間に蓄えは激減し、就職した
とはいえ1年ごとに雇用契約を結ばなければならない。

加齢に従い体力は低下し、健康上のリスクは高まる。
十分な世話ができるか心もとない。
本音を言えば最期を看取るのも辛く悲しいが、もし
自分が先立つことにでもなったら、心配でいっぱいに
なるだろう。


心のすきまを埋めるためにどうすればよいのか、
ゆっくり探そうと思う。
障害者職業センターの担当職員さんも、
「焦らずにゆっくりでいいと思います。」と話していた。

動物と触れ合いたくなったら、動物園や水族館に
行こう。
余裕ができたら、近場の日帰り温泉に行こう。
花や緑を見に行くのでもいい。

何でもいいから、少しずつ外に出ていこうと考えている。
人生半分以上生きてしまったけれど、まだしばらく
明日が続いてくれると信じているから。




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テーマ : アスペルガー症候群・自閉症スペクトラム
ジャンル : 心と身体

明日の積み重ね

6月下旬となり、同居犬の死から1ヶ月近くが経過した。
時間の速度が速かったり遅かったりで、感じ方が
一定しない期間だった。

あれから散歩している犬を見かけると、心の中で
「元気で長生きするんだよ。」とつぶやいてしまう。
おそらく習慣になってしまうだろう。


本日は友人と楽しく食事ができて、嬉しかった。
帰宅してふと「生きている、生かされている。」と感じた。

この感情は、17年前に実家が自然災害に見舞われた
ときと似ている。
今回は年齢を重ねて、更に強くなったように思う。

どこかで誰かが自分のことを思い出したり、気遣って
くれたりしている。
ありがたく、幸せなことだと思う。

人生は出会いと別れの繰り返しで、自分の力量で
何とかなることよりも、何とかならないことの方が
圧倒的に多い。

道理にかなうことよりも、理不尽がまかり通っている
世の中だけれど、嘆いていても仕方がない。

明日のこと、明後日のこと、何が起きるかは誰も
わからない。

小心者の私は起きるかもしれないが、起きない
かもしれない不安の種を育て続けてきたのでは
ないだろうか。

不安は身を守るためには、ある程度必要な感情
だけれど、度が過ぎると身動きできなくなる。

明日の積み重ねが人生になる。
もうここら辺で、余計な不安を手放すことができたら
ずっと楽になるはずだ。

わかっているけれど、実行するのは難しい。
難しいけれど、試してみる価値があると考える。
まずは、物事を否定的に捉える癖を直すことから
始めてみようと思う。




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ジャンル : 心と身体

行きつ戻りつ

今週の平日は先週と打って変わり、季節が逆戻りした
かのような肌寒さが続いた。
雨量も多くて風邪を引きそうな予感を覚え、自室では
暖房をつけてしまった。

先週は半袖で過ごしていたのに、空模様は気紛れ。
私の気分も下降気味だった。


定期通院で、主治医に同居犬の死について報告した
際に、悪い癖が出て話が冗長になってしまった。
「話が取り留めなくなるので、終わりにしましょう。」
と主治医に呆れられてしまった。

無理もない。
他の患者もいるのに、私一人に時間をかける訳には
いかない。

先週、職場で障害者職業センターの担当職員さんと
面談した際は淡々としていたのに対し、クリニックでは
甘えが出てしまうのか、取り乱してしまった。

「現在の状態はわかりました。薬はこのままで、
次回また様子を教えてください。」と言われ、
「すみませんでした。」とうなだれる私。

フーッとため息をもらすも、薬の量は変化なしだから
精神状態が悪化したと診断された訳ではない。
そう考えると少し安心できた。


本日は気分転換に、髪を切り白髪を染めてきた。
加齢とともにくせ毛はうねり、白髪は増殖の一途をたどる。
おそらく、うつとこの髪質とは生涯の付き合いと
なるだろう。

美容室では、たまたまビートルズの「Let It Be」が
流れていた。
今は遠い未来のことをあえて考えず、「なすがまま」に
過ごせばいいさと教えてもらった。
その通りだと心の中で頷いて、帰途についた。




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そろりそろり

6月の平日は季節外れの暑さから始まった。

同居犬の死後プライベートでは泣いてばかりいたが、
一週間以上経過して涙も枯れ果てたのか、それとも
落ち着いてきたのか、ともかく泣かなくなった。

変なところから、現実を受け入れざるを得なくなる。
ごみ回収が有料化されてから、ずっと同じサイズの
ごみ袋を使用してきたけれど、ペットシーツや動物用
ウェットティシュを捨てなくなったので、量が激減した。
一回り小さいサイズでも大丈夫だと気づいたとき、
ため息をついた。

悲しくても時間が経てば空腹になり、喉が渇く。
暑さに汗が滴ると、入浴したくなる。
寝つきが悪くても、働き疲れていたら入眠する。

着るものがなくなるから洗たくするし、ごちゃごちゃが
過ぎると余計に気が滅入るので、仕方なく片付ける。

動作が遅い・手際が悪い(処理速度が遅い)と自覚
している私だけれど、いつもより更にのろのろと家事
をして身の回りを整えている。


支援機関の社会福祉士さん・精神保健福祉士さん
には、同居犬の死をメールで報告していた。

週半ばに、障害者職業センターの担当職員さん
(前担当者が転勤になり、4月から引き継ぎ)が、
来訪し面談した。

担当職員さんは支援機関と情報を共有している
ので、同居犬の死を知っていた。

私はポツリポツリと当時の状況・最近の状況を
語り、職員さんは静かに耳を傾けてくれた。
家族や動物病院関係者を除いて、直接口頭で
伝えるのは初めてだった。
話すことで、少し気分が軽くなったように感じた。

担当職員さんは私が仕事に支障をきたすこと
なく、日常生活もそこそこにこなしていることで
安心した様子だった。

安心と言えば、同居犬の死で私は母に大きな
心配をかけてしまった。
同居犬は私の次に母に懐いていたから、心中
穏やかではないはずなのに、何度も電話をくれた。
幾つになっても、親とはありがたい存在だ。


同居犬の火葬の際に、妹がスマホで撮ってくれた
画像を、本日やっとまともに見ることができた。
眠っているように横たわる姿が切なかったが、
取り乱すことはなかった。

こんなふうに、そろりそろりと私の日常は
変わりつつある。
そういうものなのだなあと、不思議に感じて
いる。




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再起未能

本日は、同居犬が亡くなって初めての休日。
部屋中に在りし日の面影を見てしまい、寂しさがひとしお込み上げる
ばかり。

先の日曜日に火葬を終え、月曜日から通常勤務していた。
仕事があって良かった。
仕事をしている間は、気を紛らわせることができたから。

帰宅すると、遺影と遺骨に「ただいま。留守番ご苦労さま。」と
声をかけて、しばし涙にくれて眠りにつく。
目覚めると、同様に「行ってきます。頼むね。」と言って出勤する。

この一週間に失敗はなかったけれど、勘違いやそそっかしさ全開で、
一人体制なので職場で気づかれることは少なかったものの、
自嘲の笑みをもらすことがしばしばあった。


さまざまな思考が頭を去来していた。
同居犬の死は紛れもない事実で、覆しようがないと理解していても、
検証したい特性というか性分で、考え尽くさないと気が済まない。

考え尽くしたところで答えが出るはずもないけれど、そうしないこと
には前に進めない面倒くさい人間が私なのだ。


亡くなる2週間前に、初めての発作を起こし入院したけれど
快復して退院。

亡くなる1週間前に、獣医さんの許可を得てトリミングを
してもらう。

先の土曜日の夕方、いつも食欲旺盛なのに食事を一旦
中断する。
しばらくして残りを平らげて薬も全部服用した。
私の食事のキャベツを欲しがったので、ごく少量与えた。

何となく元気がない様子に「明日病院に行こうね。」と
眠りについた。
まもなく咳が出始め、息遣いが荒くなってきたことに不安を覚えて、
「夜間動物病院」に行こうかと迷っている間に、私はウトウトして
しまった。

日付が変わり「ガーッ!」と大きな音で目覚めたとき、同居犬は
多量の液体を吐いて苦しげな表情を浮かべて横たわっていた。
私はなすすべがないまま、体を撫でてやることしかできなかった。

そのうち心臓の鼓動が途絶え、私は冷たくなっていく体を抱き
しめたまま泣き続けた。
正確には、泣き続けながら少しまどろんでいたかもしれない。

夢か現実か、釈然としないまま朝になった。
明るくなると残酷な痕跡だけが見えてきた。

診療時間30分前の動物病院に、電話をかけて非礼を侘び
ながら事情を話し、葬儀場を紹介してもらった。

動物病院の診療時間終了後、獣医さんとスタッフの方々に
お礼を言うために訪問した。
吐しゃ物で汚れた体を清拭してもらい、最後のお別れをした。

それから火葬場に行き、私・妹夫婦・甥に見送られて、
晴れ渡った青空の下で同居犬は天に昇って行った。

獣医さん・病院のスタッフの方々・葬儀場の方々には、
丁寧で真摯な対応をしてもらい心から感謝している。



私は猛烈に自分を責めていた。

食が進まなかったとき、あるいは咳が出始めたときに
夜間動物病院に連れて行っていたら、もしかして助かったの
ではないか。

ほんの数時間前まで元気だったのに、まさか2度目の発作で
亡くなるなんてと、油断していた。

薬を増量したから、薬が効いてきたら落ち着くのではないかと
症状を甘く見ていた。
なんて自分勝手だったのだろう。

獣医さんは、「数時間の間に突発的で重大な症状の悪化が
あったとしたら、病院に連れて行っても助からなかった可能性が
ある。」と言っていたけれど、それは「わずかでも助かる可能性が
あった。」ことでもある。

「心臓病の犬は、長く入院して治療を施しても辛い状態のまま
亡くなるケースが少なくない。苦しみの時間が短かったことが
救いだ。」とも言っていた。
でも、できるだけ治療を受けさせることができたのではないか。
私の自己満足になるだけかもしれないが。

帰宅したら既に冷たくなっていた場合より、最期を看取ることが
できたのは良かったけれど、苦しげな表情が忘れられない。
苦しませたのは私だ。

母は「心臓病を4年間も患っていたのだし、寿命だったと思う。」と
言っていた。

あと半月程で11歳(人間でいえば還暦)を迎えるはずだった。
本音を言えば、15歳くらいまで生きていて欲しかった。
それを断ち切ったのは、他ならぬ私だ。

妹は「高齢になって眼も見えず耳も聴こえず、おむつを着けた
まま動けなくなって、介護の果てに亡くなった犬を知っている。
そうなると犬も飼い主も辛いだけじゃないの。」と言っていた。
確かにその通りだと思うけれど、徐々に覚悟ができるとも思う。

もしかして、同居犬は私を気遣って死期を選んだのかもしれない。
2度目のうつ病での休職から復帰した年に、一緒に暮らし始めた。
就業上のストレス・正社員からのドロップアウト後、もがき続けた
求職期間を支えてくれた。

2月に現在の職に就き、ようやく続けられそうな手ごたえを感じる
ことができた安堵が伝わり、「オレの役目は終わった。」と
安心して、仕事に支障がない休日を選んだのではないだろうか。

亡くなる前日(土曜日)に、強い眠気に襲われて長い昼寝をして
しまったのも、次の日が眠れない日になるとの予兆だったのでは
ないか。

同居犬がそこまで考えていたのかは、うがった見方で想像で
しかない。
それでも、何らかの救いを求めて考えずにはいられない。

何故なら、一緒に過ごした10年と9ヶ月余りの間、社会生活は
別にして、プライベートの私は確かに幸福だったから。

何事にも慣れることが遅い(適応に時間がかかる)私は、
同居犬がいない寂しさに慣れるのにも、たくさんの時間を
費やすだろう。

時折、胸を刺す後悔のカケラ(早く病院に連れて行けばよかった、
もっと遊んであげればよかった、無理に散歩させたかもしれない、
いたずらを叱りすぎたかもしれない等)をしっかり受け止めて、
えぐれた傷が治ってカサブタが取れる日がいつか来るだろう。

そのときにやっと、同居犬の記憶は人生の宝物に変化すると
信じている。




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