FC2ブログ

キラキラをもらう

先日、お世話になっている支援機関が開催している
アットホームな雰囲気の集まりに初めて参加した。

端的に言えば、「働いている障害者が集まって話す」
機会で、今年に入って2回ほど案内をいただいていた。

しかし6年近く定職に就けなかった身には、仕事・通勤に
慣れて日常生活をスムーズに送ることが最優先だった
ため、参加を見送っていた。

今回参加する気になったのは、ようやく生活リズムを
整えられるようになって自信がついたこともあるが、
同じように働く人たちの様子を知りたいという興味が
わいてきたからだった。


少人数でお菓子を食べながらのざっくばらんな感じだった。
私が最年長だったが、思っていたより緊張はなかった。

みんな生き生きして明るい。
働きながら、趣味や好きなことを楽しんでいるようだ。

中には趣味の過程や成果を見せてくれる方もいて、
新鮮な感動があった。

すごいな。
かっこいいな。
素敵だな。

誰もが毎日調子が良い訳ではないと思うけれど、
調子が良くないときも自然に上向いていく方法を、
各自がしっかり持っている。

自分のことを理解している。
自信を持って生きている。
そして将来を見据えている。

良い刺激をもらった。




私は、若かりし頃の自分を思い出していた。
30年前(20代前半)、休日が月に5日しかなくて
とにかく疲れていた。

もう親に頼れない。
大人だから自活しなければならないという義務感
だけで、生きていたように思う。

周囲を見渡しても、私のように疲れている人は
いなかった。
それが不思議だった。

エネルギッシュとは言えないまでも、私生活を
ほどほどに楽しんでいるように見えた。

今だからわかる。
私は「人に合わせることに疲れていた。」
私は自分のことがわかっていなかった。

いつか身動きできない日が来るのでは
ないかと怯えていた。

それでも長期間勤続できたのは、私が微小凸凹だったからだ。




そんなことを考えながらの帰途、またやらかしてしまった。
逆方向の電車に乗り、途中で気づいて引き返した。

思考に集中しすぎると、周囲が見えなくなる。
我ながらそそっかしすぎて、笑ってしまった。
でも、人に迷惑かけないで済んでよかった。




スポンサーサイト



テーマ : アスペルガー症候群・自閉症スペクトラム
ジャンル : 心と身体

流れるままに

他人が別の他人に苦情を言っている、もしくは叱っている
ところに偶然居合わせてしまったら、誰だって気分がいい
ものではないと思う。

時と場合によるけれども、もし詳しい事情を知っていたら
仲裁に入るという選択肢もあるだろう。

よく事情を知らないままだったら、傍観する・目をそらす・
立ち去るのが大方の対応だ。

子どもが親に叱られている場合は、「しつけ」だから
仕方がない(暴言や暴力を除いて)。



先日コンビニで支払をしていた際、少し離れたレジから
店員さんに対する女性のクレームが聞こえてきた。

「いつまで待たせるの?最初からやり直したらどうなの。
その方が早く済むと思うわ。レジって、そんなに難しい
仕事なの?」

たたみかけるように、苛立ちを含んだ冷たい声音だった。

店員さんは謝っているようだったが、よく聞こえなかった。

私は反射的に目をそらしていた。
店員さんに注目するのは、可哀想な気がしたからだ。

店員さんの対応に問題があったのか。
女性が時間に追われていたのか。
事情はわからない。

私は支払を終えると、そそくさとコンビニを後にした。



私の頭はその出来事が引き金となって、フラッシュバックを
起こしていた。

これまでの人生で、似たような小言を数えきれないくらい
言われてきた。

特に職を転々として定まらなかった数年間は怒気混じりで、
私はますます緊張と萎縮を繰り返し、要領が悪くなった。

私見だけれど、コンビニの店員さんは大変だと思う。
一度にいろいろなことに気を配らなくてはいけない。
臨機応変が求められる仕事だ。

対人関係で緊張しやすく、手元に注意が集中しやすい
私には到底勤まらないと考えている。



ひとたび記憶の洪水が起こると、元に戻るまでに
多くの時間を要する。

私は容易に気分転換できない自分が、情けなくて
ずっと許せなかった。

でも、もう自分を許そうと思う。
どうしたって性質は変えられない。
それなら自己嫌悪になるだけ損ではないか。

時間はかかるけれど、必ず気分は上向いてくる。
気分の流れるままに、ほんの少し余裕を持った
つもりになろう。

そのきっかけになる「何か」を探そう。
その方が効率的だ。

挫折したことがない人はいないだろうし、負の
記憶は誰もが抱えているはずだから。




テーマ : アスペルガー症候群・自閉症スペクトラム
ジャンル : 心と身体

実用本位

近年、私はスカートを身に付けることがなくなった。
そのような制約のある場所に行くこともなく、機会もない。

何よりスカートに対する関心を持たなくなった。
「おばさん化」しているのかもしれない。

理由はパンツの方が動きやすいし、冷えにくく快適だから。
きわめて単純だ。


「見苦しくなければいい」というのが、自分の服装に対しての
スタンス。

自分で見苦しくないと思っていても、おしゃれな方には
「ありえない。」と映っているかもしれない。
気になりだすと止まらないから、スルーしている。

アクセサリーやスカーフ等の小物も、身に付けない。
面倒だし、ホットフラッシュを頻繁に起こすので、
すぐ汗まみれになってしまう。



自分の服装には無頓着なのに、道行く人の服装を
観察したり、ウィンドーショッピングをするのが大好きだ。

特にアクセサリーや雑貨を見ているときはワクワクする。
私にとっては、絵画や彫刻を観ているのと同じ感覚なのだろう。



必要に迫られて自分の服を買いに行くと、時折困ってしまう
ことがある。

店員さんが「お客様は背が高いので、お似合いですよ。」と、
親切にコーディネートしたワイドパンツを勧められる。

途端に私は表情がこわばりそうになる。
「あ、あ、あまり好きではないので。」
申し訳なく断ると、残念そうな表情を浮かべられる。
何となく悪いことをした気分になる。

本当はワイドパンツが嫌いなのではなく、別の理由から
断ってしまう。
「トイレに行くとき、どうすれば床に触れずに済みますか。」

そそっかしい上に神経質なので、気になって仕方ない。
この不安を抱えながら過ごすのは辛いので、買わない。

世のおしゃれな方々はどうしているのだろう。
いい方法があれば教えてください。




テーマ : アスペルガー症候群・自閉症スペクトラム
ジャンル : 心と身体

ヒューマン・エラー

今朝洗たくをしたら、服に小さく白いポワポワしたものが
いっぱい付いていた。

とっさに、実家の父がティシュをポケットに入れたのを
忘れたまま洗たくし、干すときにティシュの粉々を散らして、
母に怒られていた光景を思い出した。

自分も同じことをしてしまったと思ったけれど、違った。

先日、小ぶりのバスタオルを2枚購入した。
普段使いの物だから、安価でかまわない。

使う前に一度洗たくしておこう。
小さく白いポワポワしたものは、そのバスタオルの
余分な繊維だった。

まあ、こんなこともあるよね。
洗たくしたのも私、掃除するのも私。
ティシュでなくて良かった。



昔、「謝って済むなら警察いらない!」と言った子がいた。
大人になって、「謝って済む失敗はしてもいい。」と言って
いた人がいた。

自分や他人の失敗に、厳しい人がいる。
自分や他人の失敗に、寛容な人がいる。

自分の失敗には寛容で、他人の失敗には厳しい人もいる。
自分の失敗には厳しくて、他人の失敗には寛容な人もいる。

どれが良いとも悪いとも言えない。
個人の基準はその人の性格や価値観に基づくけれど、
その人がいる環境が大きく影響するとも思う。


人間は完ぺきではないから、誤りは無くせない。
機械だって、部品の劣化やシステムの故障で
アクシデントが起きることもある。

大事なことは同じ失敗を繰り返さないことだ。
失敗から学ぶことも多いから、次は気をつけようとする。
私もそのようにしてきたから、現在があるのだろう。


一方、取り返しのつかない失敗や誤りをしてしまったら
どうしよう。

小心者の私は、そのような不安にも怯えてしまう。
我ながら取越苦労しすぎだなと、あきれている。

明日のことは誰にもわからない。
できるだけ素直に歩いていきたい。




テーマ : アスペルガー症候群・自閉症スペクトラム
ジャンル : 心と身体

記事から探す
気になる語句を入力して「検索」をクリックしてください
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログについて
参加してます
最新コメント
最新トラックバック
ありがとうございます