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雪かきでふらつく

暖冬でずっと雪が少なかったけれど、
1月下旬になってから雪が降り続いた。


凍った路面に積もった雪で、2度も
膝をついて転んでしまい、内出血が
なかなか消えてくれない。


雪かきしなければと気にはなっていたのだが、
平日は怠け者が心に居座って放置してしまった。


昨日、ようやく今冬初めての雪かきをした。

車を持つようになってほぼ30年間、毎年駐車場
または借りている車庫の前を除雪してきたが、
こんなに遅い時期になるとは想定外だった。


どっさり積もった雪を見てため息をつくも、
後悔先に立たず。


汗をにじませ鼻をかみつつ、1時間近く
かかって無事終了した。


出不精の私にとって人生の楽しみとは、
こんな小さい達成感の積み重ねなのでは
ないかと、ふと思う。


スケールが小さすぎるのは、外出の際に
確認強迫の症状が出てしまうからだ。


強迫性障害は頑固で、まるで私の影の
ように貼りついて離れてくれない。


治らんなあ。
跡がついてもいいから、とにかく
ラベル剥がし剤が欲しい。


今朝起きると、筋肉痛とともに
平衡感覚がおぼつかない。


筋肉痛はわかるが、ふらつく原因が
わからない。


しばらく座っていると治まったので、
年のせいにして気にしないことにした。


「老化」って便利な言葉だとつくづく思う。
わずかでも不安を軽減できるから。


体がどんより重いので、整体に行く。
肩もみされている間、うたた寝してしまった。


肩こり、背中こり、腰痛、全身こり固まっている。
ストレッチしても、薬を塗ったり貼ったりしても、
人の手にはかなわない。


それなりに費用がかかるから、美容院と同じで
たまにしか行けない。


たまにしか行けないから、楽しみになっている。
日常のささやかな変化にくつろいでいる。




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テーマ : アスペルガー症候群・自閉症スペクトラム
ジャンル : 心と身体

記憶の線引きをやめる

正月・成人の日が過ぎ、日常が戻ってきた。

少しずつ日が長くなってきたこともあり、
気分は上昇しつつある。



甚大な被害をもたらした阪神淡路大震災が
起きてから、25年の歳月が流れた。


その後、日本列島各地で大きな地震が
断続的に起きている。


被災者の方々は、言葉では語り尽くせない
さまざまな感情を抱いていることだろう。



地震とは比べられないくらい小さな規模だが、
私が30代のときに実家も突然の自然災害に
見舞われた。


当時の光景を今も鮮明に覚えている。
実家は補修工事を施したが、内部に
傷跡が残ったままだ。



私は実家の被災を含め、これまでの人生の
負の記憶(悲しい・苦しい・辛い・怒り等)を
ずっと封じ込めようとしていた。


前触れもなく記憶がよみがえり、ペースが
乱され現実に戻るまでに時間がかかる。


もしかして、忘れたいと願うから余計に
思い出してしまうのかという疑問を持った。


もう、記憶の線引きをやめよう。
地震も自然災害も負の記憶も、生きてきた
時代のモチーフだと考える。


生きてきた、生きていく途中で理不尽だと
感じることは多々ある。


その理不尽をくぐり抜けてきたではないか。
挫折や失敗はつきものだ。


全部ひっくるめて、現在の私ができている。
記憶を大切にしよう。
ずっと覚えていよう。

きっと、すべての経験に意味があるはずだ。




テーマ : アスペルガー症候群・自閉症スペクトラム
ジャンル : 心と身体

私色のグレー

年末年始をまたいで業務上イレギュラーな予定が
入っていたが、無事に済んでほっとしている。


普段は単独で仕事をしている。

周囲の流れに合わせることが苦手なので、
マイペースで進められる状況は過集中に
陥らなければ、ストレスをほぼ感じない。


今回は断続的に複数の業者さんの作業具合を
上司と共に見守り、前後の準備・整理を担うこと
となった。


作業終了後、業者さんは私に仕様書を見せながら
慣れた口調で丁寧に淡々と説明してくれた。


私は示されたページを開いているものの、説明を
聞き漏らさないよう耳に神経を集中させていたので、
仕様書の内容は目に入ってこなかった。


「何か質問はございませんか?」の問いに、
「特にありません。」と答える。


しかし説明に納得した訳ではなくて、何が不明瞭
なのかがよくわからないのだ。


私は聴覚からの情報処理が弱い。

幾つかの業務の説明を口頭で受けて、メモを取っていたと
しても結果の記述はしているが、肝心の課程については
抜けていることが珍しくない。


仕様書を注意深く読み込めば大丈夫だと思うことにした。
どうしてもわからなければ、問い合わせればいいだけだ。


いつもと違う状況に身を置くと、おのずと緊張してしまう。

一般大衆に紛れ込んでいるときは平気なのに、
決められた空間で特定の人(たち)と対峙する。

かつての職業生活の中で繰り返してきた日々。
それなのに対人緊張や対人不安は消えないままだ。



私には正式に発達障害の診断が下りていない。
発達障害の傾向を認める」程度のグレーゾーンだ。
障害者手帳は「うつ病」で申請した。


けれども「ずれているのかな。」という思いは、
しばしば感じる。


週半ばに通院した際もそうだった。

主治医に様子を聞かれ、私は気がかりなことが
ふたつあると答えた。

①新年度(4月から)も仕事が続けられるかどうか

②遠くに移住してしまう甥のこと

ふたつとも心のままに、できるだけ詳しく話した。


主治医の反応は「誤解を受けるかもしれませんが。」
の前置き付きで、

①についてはわかるが、
②については何故医療機関でこの話をするのか
理解に苦しむとのことだった。

②のことは自分自身で解決できる問題ではないし、
気がかり(心配)しても答えが出るわけではない。

これは発達障害の傾向がある人に見られる思考で、
その意味で「あなたらしいですね。」と言われた。

主治医の指摘の通り、心配してもどうしようもない
ことだと自分でも理解している。

でも気がかりは止められない。


主治医から「気がかり」を心の片隅に追いやる
ために、なるべく好きなことをして気分転換する
ように指導された。


それで昨日今日と、久しぶりに短編小説を読んでいる。
平日は長距離・長時間通勤が、思考の余裕を奪う。

それはある意味でメリットになっているかもしれない。




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ジャンル : 心と身体

年のつなぎめ

年末年始はカレンダー通りに9連休だった。

業種や職種により仕事をされていた方々、
お疲れさまです。


かつて、私も大晦日まで働いていた。

当時は年越しという感覚が身近ではなく、
夜空の花火のように遠かった。



30日に帰省して、3日に自宅に戻ってきた。
前年と同じように、近所に住む甥を乗せての
往復となった。

3度目の往復はないかもしれない。


春になる頃、彼は北海道内ではあるけれど
仕事で遠いところに移住することが、ほぼ
確実になった。


正直、私は寂しく思っている。
親でもないのにね。


高齢の両親は、もっと寂しがっている。
孫に会える機会が減ってしまう。


両親はこの頃、息子(弟)と孫(甥)の名前を
呼び間違えることが増えた。

ちなみに私と妹の名前も呼び間違える。

かつての祖母のように、子も孫も一緒くたの
存在になっているのだろうか。

性別を間違えないだけマシだと思う。



三世代の正月は少しずつ変化していく。

甥たちの成長はうれしいけれど、
両親の老化は地味に進んでいく。


そして私はというと、シニア元年(55歳)だ。
四捨五入すると、還暦なんて信じられない。


どうしよう。
どうすれば晩成に近づけるのか。


わからない。
でも進み続けるしかない。




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