否定と干渉

障害者職業センターで過ごす時間には、

原則として否定や干渉は存在しません。


別の考え方があるとか、こうした方が

うまくいきそうといったアドバイスが

あるだけです。


慎重に言葉を選んで、動揺しないように

配慮されているのだなと感じます。


私にはそれがとてもありがたくて、少し

大げさですが、生きていて良かったなと

思っています。




私が義務教育を受けていた頃(約40年前)は、

個性より協力・団結がずっと優先されていた

時代でした。


社会人になってからも、「郷に入っては郷に従え」

とか、「出る杭は打たれる」とか理性では受け入れ

られても、感情は置いてきぼりにされたまま距離が

広まっていく感覚がありました。



同調性を求められて、いやいや従っているか、

できなさそうな素振りを見透かされて、否定や

干渉がたくさん降ってきて積もってしまいました。


私はいつしか凹んだまま元に戻れなくなり、

希望が見えなくなりました。



「主治医の意見書」には、「柔軟性に欠ける

ところがある。」と書かれていました。


社会生活は時に理不尽で不可解なことに

満ちているけれど、そのような打撃から

速く回復できる力を養いたいと思います。










関連記事
スポンサーサイト

テーマ : アスペルガー症候群・自閉症スペクトラム
ジャンル : 心と身体

コメントの投稿

非公開コメント

Re: No title

かなさん、コメントありがとうございます。

> それに対して私は、「じゃあ、その時は辞めます」と頑固に自分スタイルにこだわってましたが・・・

かなさんは、潔いところがあるのですね。羨ましいです。


> 私も今事業所で、配慮が得られるということはこんなに息がしやすくなるのかと実感しています。

この表現がまさにぴったりの感覚です。

社会復帰のためには、学ぶことがいろいろあると感じています。

No title

昔の義務教育は、横並び重視でしたものね。
常に団体行動が求められるし。
社会人になってからも、実際に「出る杭は打たれるよ」と言われたことがあります。
それに対して私は、「じゃあ、その時は辞めます」と頑固に自分スタイルにこだわってましたが・・・

障害者職業センターは居心地がよさそうですね。
私も今事業所で、配慮が得られるということはこんなに息がしやすくなるのかと実感しています。
外の世界で生きていくチカラ、私も養っていかなくてはならないなあと思いました。
記事から探す
気になる語句を入力して「検索」をクリックしてください
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログについて
参加してます
お知らせ