きまぐれ脳

現在の職場で、仕事を教わった年下の先輩に不思議そうに

言われたことがあります。


「以前教えたのに覚えていないことがある一方で、教えて

いないのにできていることもある。」



私の円滑な社会適応を妨げている要因は、「業務の習熟や

新しい環境に慣れるのに人より時間がかかる。」ことです。


自分で勝手に「練習型」と名付けているのですが、子どもが

自由自在に自転車に乗れるようになるまでは、相応の練習が

必要です。



それに対して、これも勝手に「連想型」と名付けているのですが、

「次はこのようにすれば、うまくいくのではないか。」と感じて、

予感が当たった場合もあります。



私は就学以前からなんとなく、この「練習型」と「連想型」の感覚を

意識していて、その割合は練習型が9割で、連想型が1割程度です。


そして50年以上生きてきた現在でも、自分の脳が物事をどのように

練習型と連想型に振り分けているのか、よくわからないままです。


できれば連想型が消滅してもいいから、練習型の速度が上ればいいと

願ったことも少なくありません。


私の脳はおそらく持ち主の意向など無視して、気分次第で振り分けて

いるようです。


そういう特性なのだから、コントロールしようがないのだから、

それも我が身のうちなのだからと、ようやく納得して仲良く

付き合っていきたいと思えるようになりました。






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テーマ : アスペルガー症候群・自閉症スペクトラム
ジャンル : 心と身体

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Re: おはようございます

かなさん、コメントありがとうございます。

> 練習型中心でしっかりと覚えていったものは忘れないでしょうから、うらやましいです。

そうですね。
一つ一つ積み上げながら覚えていくので、覚えるのは遅いけれどずっと忘れません。
しかし、現代社会にはそぐわない状況に陥りやすい難点があります。

> 連想型の私は行き当たりばったりだったりするので、もう少し腰を据えて取り組みたいものです。
 
かなさんがうらやましいと思うときがあります。
一度きりの人生だから、感性に素直になれることは充実感に繋がると考えています。

おはようございます

練習型に連想型少々、素敵じゃないですか。
面白い概念ですね。
それによると私は連想型が強くて、ついつい暴走してしまう感じです。
連想が当たるときと、間違った方向に向かうときがあって。
かといって練習型だけになると、面白くないというか・・・

練習型中心でしっかりと覚えていったものは忘れないでしょうから、うらやましいです。
連想型の私は行き当たりばったりだったりするので、もう少し腰を据えて取り組みたいものです。
行き当たりばったりで過集中を発揮するもんだから、方向を間違うと傷が深い(^^;
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