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再起未能

本日は、同居犬が亡くなって初めての休日。
部屋中に在りし日の面影を見てしまい、寂しさがひとしお込み上げる
ばかり。

先の日曜日に火葬を終え、月曜日から通常勤務していた。
仕事があって良かった。
仕事をしている間は、気を紛らわせることができたから。

帰宅すると、遺影と遺骨に「ただいま。留守番ご苦労さま。」と
声をかけて、しばし涙にくれて眠りにつく。
目覚めると、同様に「行ってきます。頼むね。」と言って出勤する。

この一週間に失敗はなかったけれど、勘違いやそそっかしさ全開で、
一人体制なので職場で気づかれることは少なかったものの、
自嘲の笑みをもらすことがしばしばあった。


さまざまな思考が頭を去来していた。
同居犬の死は紛れもない事実で、覆しようがないと理解していても、
検証したい特性というか性分で、考え尽くさないと気が済まない。

考え尽くしたところで答えが出るはずもないけれど、そうしないこと
には前に進めない面倒くさい人間が私なのだ。


亡くなる2週間前に、初めての発作を起こし入院したけれど
快復して退院。

亡くなる1週間前に、獣医さんの許可を得てトリミングを
してもらう。

先の土曜日の夕方、いつも食欲旺盛なのに食事を一旦
中断する。
しばらくして残りを平らげて薬も全部服用した。
私の食事のキャベツを欲しがったので、ごく少量与えた。

何となく元気がない様子に「明日病院に行こうね。」と
眠りについた。
まもなく咳が出始め、息遣いが荒くなってきたことに不安を覚えて、
「夜間動物病院」に行こうかと迷っている間に、私はウトウトして
しまった。

日付が変わり「ガーッ!」と大きな音で目覚めたとき、同居犬は
多量の液体を吐いて苦しげな表情を浮かべて横たわっていた。
私はなすすべがないまま、体を撫でてやることしかできなかった。

そのうち心臓の鼓動が途絶え、私は冷たくなっていく体を抱き
しめたまま泣き続けた。
正確には、泣き続けながら少しまどろんでいたかもしれない。

夢か現実か、釈然としないまま朝になった。
明るくなると残酷な痕跡だけが見えてきた。

診療時間30分前の動物病院に、電話をかけて非礼を侘び
ながら事情を話し、葬儀場を紹介してもらった。

動物病院の診療時間終了後、獣医さんとスタッフの方々に
お礼を言うために訪問した。
吐しゃ物で汚れた体を清拭してもらい、最後のお別れをした。

それから火葬場に行き、私・妹夫婦・甥に見送られて、
晴れ渡った青空の下で同居犬は天に昇って行った。

獣医さん・病院のスタッフの方々・葬儀場の方々には、
丁寧で真摯な対応をしてもらい心から感謝している。



私は猛烈に自分を責めていた。

食が進まなかったとき、あるいは咳が出始めたときに
夜間動物病院に連れて行っていたら、もしかして助かったの
ではないか。

ほんの数時間前まで元気だったのに、まさか2度目の発作で
亡くなるなんてと、油断していた。

薬を増量したから、薬が効いてきたら落ち着くのではないかと
症状を甘く見ていた。
なんて自分勝手だったのだろう。

獣医さんは、「数時間の間に突発的で重大な症状の悪化が
あったとしたら、病院に連れて行っても助からなかった可能性が
ある。」と言っていたけれど、それは「わずかでも助かる可能性が
あった。」ことでもある。

「心臓病の犬は、長く入院して治療を施しても辛い状態のまま
亡くなるケースが少なくない。苦しみの時間が短かったことが
救いだ。」とも言っていた。
でも、できるだけ治療を受けさせることができたのではないか。
私の自己満足になるだけかもしれないが。

帰宅したら既に冷たくなっていた場合より、最期を看取ることが
できたのは良かったけれど、苦しげな表情が忘れられない。
苦しませたのは私だ。

母は「心臓病を4年間も患っていたのだし、寿命だったと思う。」と
言っていた。

あと半月程で11歳(人間でいえば還暦)を迎えるはずだった。
本音を言えば、15歳くらいまで生きていて欲しかった。
それを断ち切ったのは、他ならぬ私だ。

妹は「高齢になって眼も見えず耳も聴こえず、おむつを着けた
まま動けなくなって、介護の果てに亡くなった犬を知っている。
そうなると犬も飼い主も辛いだけじゃないの。」と言っていた。
確かにその通りだと思うけれど、徐々に覚悟ができるとも思う。

もしかして、同居犬は私を気遣って死期を選んだのかもしれない。
2度目のうつ病での休職から復帰した年に、一緒に暮らし始めた。
就業上のストレス・正社員からのドロップアウト後、もがき続けた
求職期間を支えてくれた。

2月に現在の職に就き、ようやく続けられそうな手ごたえを感じる
ことができた安堵が伝わり、「オレの役目は終わった。」と
安心して、仕事に支障がない休日を選んだのではないだろうか。

亡くなる前日(土曜日)に、強い眠気に襲われて長い昼寝をして
しまったのも、次の日が眠れない日になるとの予兆だったのでは
ないか。

同居犬がそこまで考えていたのかは、うがった見方で想像で
しかない。
それでも、何らかの救いを求めて考えずにはいられない。

何故なら、一緒に過ごした10年と9ヶ月余りの間、社会生活は
別にして、プライベートの私は確かに幸福だったから。

何事にも慣れることが遅い(適応に時間がかかる)私は、
同居犬がいない寂しさに慣れるのにも、たくさんの時間を
費やすだろう。

時折、胸を刺す後悔のカケラ(早く病院に連れて行けばよかった、
もっと遊んであげればよかった、無理に散歩させたかもしれない、
いたずらを叱りすぎたかもしれない等)をしっかり受け止めて、
えぐれた傷が治ってカサブタが取れる日がいつか来るだろう。

そのときにやっと、同居犬の記憶は人生の宝物に変化すると
信じている。




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テーマ : アスペルガー症候群・自閉症スペクトラム
ジャンル : 心と身体

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Re: No title

かなさん、コメントありがとうございます。

> 大切なものをなくした悲しみはなかなか癒えることはないでしょう。
> 時計が止まったまま、一年、二年・・・
> 後悔の念や心の痛みを抱えたまま・・・
> それでも、明日はやってきます。
> いつか、ちくりとした痛みを残しながらも、その思い出が大きな宝物になりますように。

暖かい言葉に、心がなごみました。
いまは少しずつ、少しずつ自分にできることをやっていくしかありません。
明日を精一杯生きていけたら、思い出が宝物になる日に近づけると信じています。

No title

言葉が見つかりません。
ただ、
わんちゃんと春待つねこやなぎさんは、お互いがとても大切な存在だったのだな、と。
「オレの役目は終わった。」というのは、本当ではないでしょうか。

大切なものをなくした悲しみはなかなか癒えることはないでしょう。
時計が止まったまま、一年、二年・・・
後悔の念や心の痛みを抱えたまま・・・
それでも、明日はやってきます。
いつか、ちくりとした痛みを残しながらも、その思い出が大きな宝物になりますように。
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